桐壺の、壺という字がうまく書けない。

2012年01月28日 23:39

源氏物語のテストが月曜日にあるんだが、なんだか間に合わない気がする・・・。


範囲が40ページ弱あるうえ、後期は5回も欠席したからもう何がなんだかわからない。
あ〜面倒くさい。

たぶん前期だけだと欠席ぶりとテストの出来から、Aは取れている気がする。
ここからがくんと落ちても単位落とすことはないかなあ・・・、どうだろう。

それにしても面倒くさい。
やるべきことがいっぱいあって、ノートに書き込むだけで勉強が終わりそうだ。
予定では今日中にすべてノートに書き込みをし、明日は暗記に精を出すつもりだったんだが・・・。
昼間ちょっと寝たから、今日は遅くまでやって書き込みを終わらせようかな。

それにしても、後期すごい休んでるなあ。
いやむしろ、前期全然休んでないことに驚きだ。
源氏の授業は前期は2回しか休んでいないし、後期欠席多数(5回)で単位取得ギリギリですと言われた英作文は前期1回しか休んでいない。

後期は真面目に学校に行く予定だったんだけど、悪化している・・・。
学校で授業を受けた記憶がなかったのは、本当に学校に行ってなかったからなんだなあ。

起爆剤。

2012年01月26日 21:43

寒い・・・、手が荒れる・・・、電気代が馬鹿にならない・・・。

何故都会がこんなに寒いのだろう。
平地のくせして。

昨日日本地図を見ていたら、やっぱり長野県は山だらけで人の住む所なんてほんのちょっとしかなかった。
それに比べ、関東、関西は平地の所が多い。
当たり前だけど、平地に都を造ったんだな、よく考えたなと思った。

それにも関わらず、雪が降るなんて・・・騙された気分。
しかも、この雪の量と気温は去年の南信と同じくらいなんじゃないだろうか。
そう思うと、今年の南信はどうなっているんだか物凄く心配。
2月の中旬から実家に帰って免許を取る予定だから、余計に心配。
路面でスリップして、川に突っ込んで死亡とかは嫌だな。
もうちょっといい死に方をしたい。


兎にも角にも、今日は寒くてテスト勉強がほとんど進まなかった。
まあ、明日もあるからなんとかなるかなあ、とは思う。

全然集中できなかったから、CDとか本とかが置いてある棚の整理をした。
そうしたら、高校卒業後にもらった高校のクラスの文集みたいなものが出てきた。
何故捨てていないかというと、担任から一人ひとりにメッセージが書いてあるからだ。
学年全体のアルバム(写真がメインの)はもらったその日に捨てたが。
その文集を読み直していたら、
やっぱりこの一年で結構成長したんだな
と思った。
そして、もっと頑張ってあのクラスの奴らを見返すぐらいの人間にならねば、とも思った。
ちんたらちんたらテスト勉強してる場合じゃない。

あの学校の人間はいつなんどきも自分にとって起爆剤みたいなものだ。
やってやろう、という気になる。


よし、今日は勉強して本を読み、早く寝よう。

今日は今日とて。

2012年01月24日 19:57

今日はレポートを出しに学校へ。

雪がまだ残っているというのに果敢にも自転車で行った。
なんとか転ばずに済んだけど、調子に乗ると痛い目を見そうだ。
それにしても、やっぱり雪が降ると足も手も強張るなあ。
無意識のうちにがちがちになってしまう。


レポート提出後は、図書館へ。
最近読書欲が高まってきたから、6冊借りてきた。
あと、ファッション雑誌のよくある恋愛ページをぱらぱらめくった。
どうやら、女より男のほうが人口は多いけど、男のオタクの人数が多いから実際に恋愛できる男は女より少ないらしい。
なんじゃそら。オタクがすごい言われようだ。
こういう変な講釈をたれるから、ファッション誌の恋愛ページは面白い。


そのあと家に帰ってから、早速一冊本を読破。
1時間半程度で読んだ。
この調子でどんどん読もう。


テスト期間にも関わらずテストがあんまりない上レポートも全部書いて提出しちゃったから、春休みになっていないのに暇だ。
今日はこれから久しぶりに旅行地理検の勉強をするつもり。


・・・暇な毎日なんだけど、一つ引っ掛かるところが。
「さがまち」の原稿確認を取材先の方にお願いしてからというもの、すでに3件から変更の依頼が来ている。
こんなに変更依頼ってくるもんなのかなあ。
原稿確認連絡をしたらあとはもうとんとん拍子だと思っていたけど、そうもいかないっぽい。
ちょっと面倒くさいけど、あと少しだと思ってやるしかないな。

レレレポート。

2012年01月22日 15:54

最近目が痛い。
目の使い過ぎかなんか知らないけど、電子画面を見ていると目がぐらぐらする。
そしてその余韻で、本を読んでも目がぐらぐら。


レポートを書く気が起こらない最近。
資料集めまではやったのだが、それをまとめるのが面倒くさい。
しかも、書いていたらただの資料引用特集みたいになってきた。
レポートってこんなんだっけ・・・?


はあ。早くレポートを完成させて、大掃除をしたい。
色んな物を捨てて、ちょっと家具類の場所を変えたりして、色んなところを拭き掃除して、窓のサッシとかを綺麗にして、カビキラーを風呂とトイレに吹きかけて、玄関の床も磨いて、カーペットも洗濯しようかな。
楽しみだな。
・・・その前にどうにかレポートを終わらせなければなあ。

旅の記録。

2012年01月20日 22:18



去年の旅行、小旅行で得たパンフレットだとか入場券だとか。
部屋の整理してたら出てきた。

そういえば、小学校の頃から旅行で得たものはすべてとっておくようにしている。
何から何まで。
小1の時に行ったサンリオピューロランドのレストランのナプキンまでとってある。


そして旅先の記念スタンプはどうしても押してしまう。

勝浦海中展望塔、おかげ横丁、鴨川シーワールド、小田原城。

甘ったれている。

2012年01月18日 22:04

今日は昼くらいに起きて2時くらいに家を出て、国文学研究資料館に行った。

八王子での乗り換えが面倒だった・・・。
そして多摩モノレールに初めて乗った。
モノレールって愉快だな。

そんなこんなで3時半くらいに着いた。
そもそも国文学研究資料館には、うざったいレポートの資料をコピーしに行ったんだが。
だが。
だがしかし。
資料の複写は4時まで。

なんじゃそりゃああああああ。
そんなの知らずにふらふら行ったから、複写終了まで30分しかない。

しかも、初回利用者はカードを作るために色々書いたりしなきゃで、さらにはコピーするのにも色々書かなくちゃいけなくて、げっそり。
資料を探す時間などなく、結局一冊しかコピーできなかった。
いいや、一冊しかコピーできなかったのは他にも理由がある。
なんと・・・同じクラスの(つまり同じ授業の)人が2人もいたのだ。
まさか、あのレポートのために真面目にここまで来て調べる人が他にもいるだなんて・・・。
そのせいで見たい資料が書棚になくて、もうコピーどころじゃなかった。
そのほか、書庫に入っている資料を請求するにしろ時間がかかるし、そんなことをやってると4時になってしまうから、一冊コピーして終了。
何のために来たんだろうか?

はあ。
あんな資料館を国が運営していると思うと・・・いらいらする。
金の無駄遣いだろう。あんな立派な建物。

結局今日コピーした資料だけじゃレポートが書けないような気がするから、また明日行かなくちゃかな・・・。
予定では、今日資料をすべてコピーし、明日レポートを書きあげ、その後は気楽に旅行地理検の勉強をするはずだった。

中世のことなんか知りたくもないのにどうしてまた行かなくちゃいけない・・・。
電車代940円をかけてまでして・・・。


ああもう。
でっちあげてしまおうか、レポート。



いらいらして立川まで戻ってきて、ルミネの中をぐるぐる廻ったら頭が痛くなってきた。


ひどい一日。

6年で人は変わるものなのだ。

2012年01月16日 16:44

日記を過去へ過去へと遡ってみたら・・・。

なんと、昨日で日記を書き始めて丸6年経っていた!
今日から7年目!

中学1年の冬から書き始めたらしい。
それにしても、いつ見ても書きはじめた頃の日記が恥ずかしい。
なんであんなものを書けたのか?
というか、なんだかリア充っぽい日記だ。
そして、全く文章になっていない。
それを思うと、日記によって文章能力が上がるっていうのはまんざらでもない気がする。
いや、あの頃が馬鹿すぎただけなのかもしれないけど・・・。

それに、あの頃はそれなりに人間関係そのものに悩んで、グループ行動したりクラスの調和がどうのこうのとか考えたりしていたらしい。
阿呆すぎて笑えてくるなあ。
過去の自分に今の自分を見せてやりたい。
過去の自分から見たら、何があったらこんなに一人ぼっちで平気になれるんだ?と疑問に思うかもしれない。
確かに、一人で行動することを激しく恐れていたあの頃と比べて、驚くほどの進化を遂げた。
もう一人だろうがなんだろうが、精神的ダメージを被ることは少ない。
6年で変わるもんなんだなあ。
もちろん体も成長するけど、それ以上に精神的に成長する。
中学1年の自分と大学1年の自分を比較すれば、今の自分を卑下せずに済むかもしれない。
人と比べるんじゃなく、過去の自分と比べれば劣等感を感じることはないだろう。
そうすれば、物事がもっと前向きに考えられるかもしれない。

過去の日記を読み直すことで、知識としてあった「成長」という言葉が現実になる。
ただ日記を書くだけで言葉を実感できるなんて、すごい革命的だ。

今書いているこの日記がまた何年後かに読み直されたとき、成長した、と思えるように色んなことを吸収して、考えて、書いていこう。
何年後が楽しみだ。

ウイスキーが、お好きでしょ。

2012年01月15日 18:51

コーヒー2杯飲んだのに眠い・・・。

今日の目標は漱石のレポートを完成させることなんだけど、なんかやる気が出ないな・・・。
あと1000字程度。
「さがまち」原稿書いた身としては2000字のレポートなんてそんなに大変でもないんだけど、なにせレポートの内容に興味がないから進まない。


昨日授業のプリント貸した人に「ひきこもるなよ」と言われた。
しかし、お言葉に答えることなくひきこもっている今日。
土曜午前中授業→午後から日曜までずっとひきこもる、のが土日の定番。

日曜に昼まで寝ている時の幸せと言ったらない。
布団の温もりに包まれてこのまま死んでもいいかな、という感じ。


そんな土曜日、布団にこもって読んだ本が面白かった。
栗田有起『お縫い子テルミー』という小説の、「ABARE・DAICO」という中編。
小学5年生が主人公の話。
家族とか友情とか、ひと夏の冒険とか、そんな感じの話で、うちの大好きな系統だった。
友達に負けないように、目標を持って生活しようとする主人公の生真面目さが好き。
国語辞典を持ち歩いて、読んだり。
人の名前を覚えたり。
バイトをしてみたり。
落ち込んだり、悩んだりするけど最後は前向き。前向きすぎるくらい。
暴れ太鼓だなんて、突拍子もなさが面白い。
面白くて、一気に読んでしまった。

またこういう小説に出会いたいけど、読むたびに今後出会う本の数が減っていくのは悲しい。
世の中に、こういう小説はあと何冊あるんだろう?

何があった?

2012年01月14日 16:52

ふう。
比較的楽なレポートが2つ終わった。
あとは大変なレポートが2つ。
『坊っちゃん』読んで道後温泉について書こうと思って色々調べてたら、行きたくなってきた。
春休みは四国で決まりかな。
道後温泉、松山城、讃岐うどん、琴平・・・?



そんな最近は、「さがまち」の件が一段落したから、大学内をよ〜く観察してみた。
・・・なんか、みんなが仲良くなっている気がする!
日文の中で、みんな色んな人と友達になっていて、授業後とかも人の動きが激しい。
うちが取材にかまけて何も見ていない間に、人々がどんどん遠くへ行ってしまった。

ああ、憂鬱。
結局、高校と変わらず一日に何語喋るかの世界で生きているんだと思うと、ぐったり。

一人でいたいのに、こんなに悲しくなるのが嫌だ。
twitterで日文の人のやつを見つけるとどうしても見てしまうんだけど、みんなが多くの人とフォローし合っていたりするのを見ると、はあ、と思う。
でも自分のtwitterを誰かに教える気はさらさらない。
この矛盾がいつも自分を苦しめる。



あああああああああああ。
テスト・レポートの時期のせいか、学校のことを考える時間が長い。
早くレポートを完成させて、違うことを考えたい。
旅行地理検の勉強がしたい!
そして、旅行に胸を馳せて忘れたい、学校のこと。

「すべて私の責任です。」

2012年01月11日 23:41

最近、あまりよろしくない。色々なことが。

何故か孤独を感じる。
正月実家にいたせいだろうか・・・?


「さがまち」が終わったら、一体自分には何が残るんだろうと思うとなんか虚しい。
学校は二の次で頭も心も体も「さがまち」のことばかりだったから、「さがまち」が終わってしまったら学校生活にちゃんと復帰できるのか謎。
結局この一年で、ちゃんとした友達はできてないし。
いつの間にか一人でいることにも苦痛を感じず、むしろ楽しくて喜んで一人で行動していたんだけれども、自分に学校しかなくなったらちょっとつらくなりそうだな・・・。
結局一人か・・・、という静かな悲しみ。
矛盾してるんだけど、一人でいるのは楽しいし気楽だし万々歳なんだけど、夢は放課後に友達とカフェに立ち寄ることだから、自分のこの一年を振り返ると虚しくなるような気がする。

2年になったら何をしよう。
今考えているのは、検定を2つか3つ取ることと旅行に行くこととバイトをすることなんだけど、こんな孤独な生活でいいのかな・・・。

2011年は、なんやかんやで結構いい年だったような気がするんだけど、今年はどうもなあ・・・。
いいことが起こると次は絶対悪いことが起こるからなあ。
今年は落ちるだけかな。


・・・という感じに、あまりよろしくない考えがこの一週間ほど頭の中をぐるぐるぐるぐるしていて、おさまらない。
たぶん、もうちょっと時間が経てば前向きになれると思う。
そうしたら、前向きな今年の計画が立てられるはず。
でも今は、余裕がない。
余裕がないから、時間をうまく使えない。娯楽で気晴らし、とかそういう感じにもならない。
なにも手につかない状態で、でも文章能力だけは上げたくて、今日記を書いている。


憂鬱な話題繋がりでは、昨日の「さがまち」会議が結構重たかった。
自分の紙面企画は先月の27日に取材を終えて、昨日までに5つの記事すべての原稿を完成させて、昨日の会議で提出したんだけれど・・・。
字数が多いことを、なんかちょっとねちねちと、というかあまりよくない言い方で言われて胸にぐさっと刺さった。
どうしてこんなことですぐに心が折れてしまうんだろうか、自分は。
結局は自分のせいで、自分の責任で書き直すんだけど、どうしても心が折れてしまう。
自分の企画でこういう失敗があると、本当にこの企画でよかったのか?本当にこのレイアウトでよかったのか?こんなページ読んで楽しいか?とか、色んな疑惑が浮上してぐらぐらする。
自分だけで背負うのが苦しくなる。
もともと紙面企画は、自分が企画し、自分がすべてアポ取りし、ほとんど自分が取材して、自分がレイアウト案を考え、自分がすべて原稿を書いた。
ほとんどが一人作業。
だから、実務の部分ではすでに自分がほとんどすべてを背負っている。
この実務をほとんど一人でこなすのもかなり大変だった。
だけど、失敗をしたときとか実際に人が読んでくれるのか、ということを考えたときの精神的ダメージも一人で背負わなくちゃならないから、つらい。
しかも、「さがまち」は部活みたいに代々受け継がれていくものじゃないから、マニュアルがない。
取材を一件するにしても、電話の掛け方、メールでの依頼状の書き方、取材の仕方、細かい礼儀、取材道具、取材後のお礼メール・・・。
こういうことを、取材の素人が誰の教えも請わずやらなきゃいけなくて、しかも一人で全部やらなきゃいけなくて・・・。
だから色んな失敗をしたし、取材先の方にとっては失礼なことだらけだったと思う。
一回限りでもう「さがまち」に関わる機会はないからって思っても、やっぱり「さがまち」の評判を落としたくはないし、そもそも相手に失礼だし・・・とか色々考えて、わからないなりに努力した。というか努力している。
でも、そういう失敗とかでやっぱり少しずつ心が折れてしまう。
一人ですべてやったからこそ不安で、これでいいのか?よかったのか?という考えの連鎖が止まらない。
責任が重くて重くて、押し潰されそう。

あともう少しで作業が終わってしまう「さがまち」。
でもまだ、取材先の方への原稿確認の連絡がある。
久しぶりにお願いの電話をかけなければ。
ふう。これも全部一人でやらなきゃ、だな。
でも、今まで一人でやっておいてここで投げ出すなんて自分のプライドが許さないから、やってやろう。


責任が重くなるほど、背負うものも重たくなる。
当たり前だけど、でも実感する。


最近の記事。